MOTOKO写真展
〜展覧会によせて〜
写真展「Nattative 〜暮らしをたずねて」の撮影をしていただいた写真家のMOTOKOさんと、本企画のディレクションをしているgrafの置田陽介が、暮らしをめぐる旅のなかで感じたことについて語ります。
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だいたい、「暮らしが大事」などと言っている人間に限って、まともな「暮らし」とは無縁の生活をしているものだ。かくいうわたしもそんな一人。時間に追われ、食事もただ空腹を満たすのみ。(ああ、恥ずかしい。)
grafのデザイナー・置田さんもどうやら同じ人種のようで、いつも忙しそうに仕事ばかりしている。お互い今にもメモリが飛びそうな形相で、挨拶を交わす仲である。
そんなだめな生活人の私たちが、今回、自己反省も含めて “本当の「暮らし」とは何か” 考える旅をした。(置田さん、勝手にだめと書いちゃいました。ごめんね。)
かつて、家具や家電といった家の道具は、家族みんなが使うものだった。それが近年、どれも「お一人さま用」になりつつある。もちろん、家そのものも。
わたしが小さい頃、家の中には「自分のもの」よりも「家族のもの」のほうが多かった。家電や家具はもちろん、服や本やおもちゃといった身の回りのものは、すべて「みんなのもの」だった。そして当時は、何かにつけて家族や親戚、知人が集まった。家とは、大勢の人が集まり、喜びを分かち合う場所だった。
わたしの記憶では、ソニーのWalkmanが発売され、個人が音楽を所有できるようになった頃からすべてが変わりだした気がする。一人部屋にマイテレビ、マイビデオ。そこから人々の暮らしが変わってきたのではないだろうか。経済発展のため、つまりモノを売るために、「みんなのもの」をどんどん「お一人さま用」にしていったことで、コミュニティや地域が崩壊していったのではないか。と、自分のことは棚に上げて、偉そうに考えてみる。
今回の展示にあたって、置田さんから最初に見せてもらったイメージ写真は彼の部屋を写したものだった。これでいいのだけれど何かが足りない、と思った。とても素敵な生活をされているのだが、未来を提案するためには、もっと「何か」が欲しかったのだ。
それがようやくわかった。「お一人さま用」じゃない「みんなのもの」。みんなで使う家具。そこで会話し、お茶を飲み、ご飯を食べる。「集う家具」。「ナラティブセラピー」が「語り合うこと、話を聞くこと」ならば、なおさらだ。
バラバラになった人の心を繋ぎ合わせる。そんな家具が欲しい。広い世代の、いろんな人たちと時間を分かち合うこと。それを目標に旅に出た。もちろん自分自身の反省のためにも。
MOTOKO
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grafのオリジナルファニチャーシリーズ「Narrative」の新作リリースに当たって、PRのディレクションを担当することになった。
新作家具をPRするのに、リアルな暮らしをビジュアルとして見せるということはあまり前例がないかもしれないけれど、今回はそれをやる必然性を感じていた。
それは、僕たちがいつも「ソフトとハードの循環」を考えながらデザインし、制作し、日々暮らしているから。
それに、大震災後の暮らし方を世の中の多くの人たちが考えはじめている時期でもあると思えたから。
この企画のパートナーとして、直感的に、写真家のMOTOKOさんが思い浮かんだ。
今まで僕自身は一緒に何かをやったことがなかったけれど、彼女の活動を傍から見ていて、なにか社会的な使命感に突き動かされているように思えていた。
MOTOKOさんとのディスカッションは、夜中にSKYPEを通じてやることが多かった。
お互いに仕事でヘトヘトの顔で、「豊かな暮らしって何だろう?」ってパソコン画面に向かって真剣に議論を重ねていたのだけれど、今思うと滑稽な光景。
ディスカッションを通じて新たに現れたキーワードは「家族」「コミュニティ」という言葉。
これが、僕らが思い当たった、豊かな暮らしを紐解くキーワード。
かくして、お互いのピンと来る友人になかば強引にアポを取り、旅は始まった。
ムッツリ2人組による、暮らしの”覗き”旅行。
親子3代の歴史が詰まった豪邸、おしゃれな新婚家庭、東京からコミュニティ的な暮らしを求めて移住した家族、新旧の考え方が入り交じる農家の一家、昔気質の職人の親子、、さまざまな家族を訪ねた。
MOTOKOさんは、そこでの人間模様(嫁・姑問題とか 笑)に興味津々。
僕はというと、自分の暮らしぶりに反省しきり。
僕らが設定したキーワードが正しかったかどうかはわからないけれど、旅を通じて漠然と思ったのは、「幸せのかたちって案外シンプルなんだよな」ということ。
人が集まって暮らしていたら、良いときもあれば悪いときもある。
喧嘩もあればさまざまな関係性が生まれる。
でも、必然的に生まれるその関係性そのものが豊かに思えた。
さて、冒頭にも触れたけれど、僕たち日本人(特に都会生活者)は、今、新しい暮らしのあり方を考え直す入り口に立っていると思う。
もしかしたら、日本だけでなく、世界全体が。
暮らしをさぐる旅は始まったばかりです。
置田陽介(graf )
最後に、この計画性のないムチャな企画を引き受け全身全霊で一緒にこなしてくれたMOTOKOさんに、最大級のありがとうを。
また、強引なお願いを快く引き受けてくださり、結果、写真を撮られまくる羽目になってしまった被写体のみなさんに、ごめんなさいと、ありがとうを。
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MOTOKO写真展「Nattative 〜暮らしをたずねて」の詳細はこちら
http://narrative2011.tumblr.com/post/9829777523